Focus 作品に込められた「想い」それぞれの物語
作品を深く理解して、もっと好きになる。
制作の背景まで踏み込んで、
アーティストの想いを紐解きます。
2024.12.25
「Spring」
篠田 桃紅Toko Shinoda
素材・技法:墨/1994年
サイズ:H83.0×W66.0cm
篠田桃紅が生み出したのは、
墨で表現する自由な世界
篠田桃紅は、幼い頃から父に書を習い、書家として創作を始めた。芸術によって自分の道を切り開いた女性だ。1956年にアメリカに渡り、抽象画家として活躍。帰国後は、墨と筆で表現する可能性をさらに広げていき、抽象的な作品を中心とする芸術家となった。手本そっくりに書くことが当然だった時代に桃紅が挑戦した個性的な表現は、日本では受け入れられにくかったが、アメリカで字が読めない鑑賞者によって美術として認められたことは大きな力になった。墨と朱墨を主に使い、筆によって描き出される削ぎ落とされた線や形は、世界に通用するものだった。桃紅が生み出した作品は、それまでにはなかったスタイルであり、墨象と呼ばれている。
篠田桃紅の作品を見るときには、墨のにじみやかすれの美しさに注目したい。墨の表現の幅広さを感じさせ、作者が描いた動きや速さも伝わってくる。この作品は縦に配された濃い墨の線と薄墨の矩形で構成されている。縦の線は硬質で意志を感じさせ、薄墨の矩形には安定感がある。また、桃紅は余白に気を配っていて、余白の美しさやそれが語ることを信じていた。この作品の余白にもその意識が込められている。
篠田 桃紅Toko Shinoda
[The Tolman Collection, Tokyo]
1913年中国・大連生まれ。5歳から父に書の手ほどきを受け、和漢の古典を学ぶ。父は書をはじめとする教養のある人で、家には『古今和歌集』の写本の一部である「高野切」があったという。書のほか、墨象画に古今の詩歌を添わせた独特の画風を創り出した。作品は世界中の個人、美術館などに広く蒐集されている。高齢になっても創作を続け、107歳で没した。