Focus 作品に込められた「想い」それぞれの物語

作品を深く理解して、もっと好きになる。
制作の背景まで踏み込んで、
アーティストの想いを紐解きます。

「Penetrate」

2025.8.20

「Penetrate」

篠田 桃紅Toko Shinoda

素材・技法:リトグラフ・手彩
サイズ:シートサイズH73.5×W56.5cm、額サイズH102.5×W65.5cm、ed:38

独自の表現を求めて渡米した篠田桃紅の、
時代を超える「墨と筆のアート」。

篠田桃紅は書道家として活動を始め、自分の表現をさらに展開したいと1956年に渡米したアーティストだ。文字を書くという枷(かせ)から離れて、墨による新しい表現を目指した篠田は、アメリカでは現代アート作家として受け入れられ、現地のアート・コレクターから高い評価を受けた。篠田にとってアメリカは可能性を広げてくれる場所だった。しかし、墨を使った作品の制作には乾燥したアメリカの気候は適しているとは言えず、墨が伸びやかに描けないことを悟って1958年に日本に帰国した。この作品では墨の筆のかすれや鮮烈な赤いストロークが目を惹く。墨と筆の魅力を熟知した作家ならではの表現は、時代を超えて新鮮に感じられる。

「Penetrate」深掘りポイント

この作品には「Penetrate(浸透する)」というタイトルがついている。篠田桃紅は自分では作品にタイトルをつけなかったため、篠田の作品を扱う「ザ・トールマン・コレクション」の創業者で外交官だったノーマン・トールマンがつけたものだ。トールマンがつけたタイトルは、端的に画面の造形を表していることが多い。墨の矩形は一部に筆の動きを感じさせるかすれがある。そのうえに赤とグレーの線が「浸透する」ようなコンポジションに、筆の魅力を表現したい篠田の意図が感じられる。筆が生み出す動きに魅了され続けた作家の制作風景が目に浮かぶようだ。

「Penetrate」深掘りポイント

篠田 桃紅Toko Shinoda

1913年中国・大連生まれ。5歳から父に書の手ほどきを受け、和漢の古典を学ぶ。父は書をはじめとする教養のある人で、家には『古今和歌集』の写本の一部である「高野切(こうやぎれ)」があったという。書のほか、墨象画に古今の詩歌を添わせた独特の画風を創り出した。作品は世界中の個人、美術館などに広く蒐集されている。高齢になっても創作を続け、107歳で没した。