Focus 作品に込められた「想い」それぞれの物語
作品を深く理解して、もっと好きになる。
制作の背景まで踏み込んで、
アーティストの想いを紐解きます。

2025.8.20
「鯨飲」
出口 雄樹Yuki Ideguchi
素材・技法:キャンバス・岩絵具・ピグメント・胡粉・膠・スプレーペイント/2025年
サイズ:H74.7×W91.0cm(30号)
出口雄樹が描き続ける日本の鯨には、
「海への尊敬」が込められている。
出口雄樹は長く鯨をモチーフとして描いてきた。鯨を描いた1作目は東京藝術大学の学部卒業制作だった。現在では、「リアルな鯨を描くのではなく、象徴としての側面を強調するために、若干の図像化を行っています」という。鯨は出口にとって、自身のルーツである長崎という場所にもつながる存在だ。江戸時代には、壱岐、対馬、五島、平戸(いずれも今の長崎県)が古式捕鯨の中心地だった。また、「東京藝術大学に在学中、東京大学の比較解剖研究室に出入りし、動物の解剖を学んでいました。その際に鯨類の骨格の美しさに魅了され、鯨を描くようになりました」と語る。現在の出口の鯨は、白く紋様のある、神のような存在になっている。

鯨の体の白い色は、貝殻から作られる胡粉によって表現されている。胡粉は日本画に欠かせない画材だが、扱いが難しい。出口は「白の発色にいちばんこだわりました」という。「鯨の体表に描かれた紋様は、正倉院宝物のひとつに描かれた唐草紋様を参考にしています。これは天界に咲く枯れない植物を表していて、たいへんに縁起のいいものとされていました」と出口が語るように、鯨は紋様をまとうことによって、リアルなものではなくなっている。象徴的な存在となった鯨は、海の青さを強調しながら深く潜っていくところのようだ。

出口 雄樹Yuki Ideguchi
[Shibayama Art Gallery]
1986年福岡県生まれ。東京藝術大学日本画専攻を卒業後、ニューヨークで制作を行い、国内外で多数の個展・グループ展に参加。大学在学中に最高賞を受賞。三菱商事アートゲートプログラム奨学生に選出され、海の日芸術祭で最高位賞を受賞。また、公益財団法人吉野石膏美術振興財団や国際交流基金から助成を受けている。2019年に帰国し、京都府を拠点に活動。同年、歌手の星野源のアルバムジャケットを手掛けた。名古屋、新宿、福岡、京都、仙台、千葉、渋谷と各地で個展を開催。現在は京都芸術大学美術工芸学科の専任講師を務めている。上賀茂神社、北原照久コレクション、明王物産コレクション、Leo Kuelbs Collectionに作品が収蔵されている。