風の匂いをたよりに

2023.09.04

風の匂いをたよりにSaki Inada/稲田 早紀

素材・技法:アクリル・鉛筆・キャンバス/2023年
サイズ:65.2×53.0cm

稲田早紀が描く小さな花は
大きな宇宙につながっている

稲田早紀(いなださき)は身近な小さな花を繊細なタッチで描いている。「人間にはいつも感情が渦巻いていますが、草花は素直で、触れているとほっとします。花輪や花束にするのは花との会話です。草花の中に神様を感じながら、お守りを作るような時間です」と稲田は言う。小さい頃から花を摘むのが好きで、それは今も変わらない。よく描くのは大好きなシロツメクサ。花を摘んで心地良かった気分を思い出しながら描いている。作品にある水色の小さい花はキュウリの匂いがするキュウリグサで、実物は1ミリほどのサイズ。「この絵を通して、道端の小さな花も豊かな形をしていることを伝えたいです。心の余白を生み出す時間になればうれしいですね」。近年は土や根も描くようになり、地面が地球であり宇宙の一部だと感じるという稲田。作品の小さな花と宇宙もつながっている。

風の匂いをたよりに

稲田は、鉛筆で描いた上にアクリル絵具を薄く重ねていく方法で描いている。Bから4Hまでの硬さの違う鉛筆を使い、鉛色が絵具を塗ると溶け出すところも好きだという。絵具は少ない色数を混ぜ合わせ塗り重ねていくことで、落ち着いた色合いを出している。茎や花びらには、隠し味的に黄土色や水色をうっすらと入れることもあるそうだ。小さな花の世界は周到なアプローチで作られていた。

風の匂いをたよりに

稲田 早紀◎Nii Fine Arts

1988年、大阪府生まれ。京都市立芸術大学油画専攻卒業。2013年ART RAINBOW PROJECTに参加し、ドイツ・ロストックで滞在制作を行う。大学時代は摘んだ草花を燃やしその灰を使って作品を制作していたという。次第に繊細な作風へと変わり、鉛筆とアクリル絵具を薄く塗り重ねていく手法で制作するようになる。近年は、土や根といったモチーフに焦点が当てられており、草花の命の根源へより深く掘り下げようとする意識の変化がうかがえる。草花への造形的な好奇心と古来より日本人に受け継がれてきた自然への崇拝や感謝の念、祈りが混じり合ったような、独自の世界観で見る者を引き付ける。

作品に込められた「想い」それぞれの物語

作品を深く理解して、もっと好きになる。制作の背景まで
踏み込んで、アーティストの想いを紐解きます。